少し前になりますが、金融庁が個人の資産形成を促す報告書で、老後資産が2,000万円不足するだろうとの試算を示した問題を巡って波紋を呼び、「老後年金問題」が大きく話題になりました。最終的には、当局が事実上撤回しましたが、実際に年金だけで暮らすことは、今後難しくなるだろうということを物語っているでしょう。
このような環境下で、老後の生活費について考えると、やはり若いうちから老後に備え、貯蓄をしていくことが大切と思われます。 この記事では、現在、日本人がどのように貯蓄をしているのか、年代別・地域別に分析して行きます。
日本の貯蓄額
まずは、日本人の貯蓄・負債に関して、総務省が発表した「家計調査 貯蓄・負債編 2020年」のデータなどに基づき、解説して行きます。
①勤労世帯の貯蓄平均額は1,378万円
二人以上の世帯における2020年平均の1世帯当たり貯蓄現在高(平均値)は1,791万円で、前年に比べ36万円、2.1%の増加となり、2年連続の増加となりました。貯蓄保有世帯全体を二分する中央値は1,061万円(前年1,033万円)です。
このうち勤労者世帯(二人以上の世帯に占める割合54.4%)に関しては、貯蓄現在高(平均値)は1,378万円で、前年に比べ2万円、0.1%の増加となり、貯蓄保有世帯の中央値は826万円(前年801万円)となっています。
また、年間収入は740万円で、前年に比べ4万円、0.5%の増加となり、貯蓄年収比は186.2%で、前年に比べ0.8ポイントの低下となっています。
勤労者世帯の貯蓄現在高(平均値)1,378万円の内訳は、預貯金472万円、定期などの預貯金393万円、生命保険305万円、株式などの有価証券159万円、その他48万円となっていて、預貯金が60%以上を占めています。
②勤労世帯の平均負債額は851万円
二人以上の世帯における2020年平均の1世帯当たり負債現在高(平均値)は572万円と、前年に比べ2万円、0.4%の増加となりました。負債年収比(負債現在高の年間収入に対する比)をみると、90.2%と前年に比べ0.4ポイントの低下しました。
二人以上の世帯に占める負債保有世帯の割合は38.5%と、前年に比べ0.8ポイントの低下となっています。 二人以上の世帯の負債保有世帯に限ってみますと、負債現在高(平均値)は1,486万円と、平均値を下回る世帯が55.1%を占めてます。
また、負債保有世帯を二分する中央値は、1,225万円(前年1218万円)となっています。二人以上の世帯のうち勤労者世帯についてみてみますと、負債現在高(平均値)は851万円で、前年に比べ4万円、0.5%の減少となっています。
負債年収比(負債現在高の年間収入に対する比)をみてみると、115.0%と前年に比べ1.2ポイントの低下となっています。 負債保有世帯の割合は54.3%で、前年に比べ1.0ポイントの低下となっています。
負債保有世帯に限ってみると、負債現在高(平均値)は1,569万円で、平均値を下回る世帯が51.9%を占めています。
勤労世帯の負債現在高(平均値)851万円の内訳は、90%以上が住宅関係の負債でそのうち、80%以上が民間の金融機関からの借入となっています。クレジットカードなどの月賦、年賦の負債は平均23万円です。 勤労世帯の負債は、ほとんど住宅取得のためのローンということがわかります。
③差し引きの純貯蓄額は527万円
勤労世帯の貯蓄現在高(平均値)1,378万円から、負債現在高(平均)851万円を差し引いた純貯蓄額は、単純計算で、527万円となります。
意外に多いと感じる方もいらっしゃると思いますが、これは全年齢世帯を対象にしているので、高齢者勤労世帯で、貯蓄が多い方も含まれていると考えられます。従って、若年層勤労世帯の純貯蓄額は平均よりは少ないでしょう。
④年収別貯蓄額
年収別の貯蓄額ですが、こちらは、金融広報中央委員会の調査となりますが、以下の通りです。
金融資産保有額 | |||
---|---|---|---|
平均 | 中央値 | ||
収入なし | 単身世帯 | 335万円 | 0万円 |
二人以上世帯 | 888万円 | 441万円 | |
300万円未満 | 単身世帯 | 472万円 | 20万円 |
二人以上世帯 | 907万円 | 300万円 | |
300~500万円未満 | 単身世帯 | 690万円 | 145万円 |
二人以上世帯 | 1,079万円 | 420万円 | |
500~750万円未満 | 単身世帯 | 1,614万円 | 562万円 |
二人以上世帯 | 1,342万円 | 720万円 | |
750~1,000万円未満 | 単身世帯 | 1,954万円 | 1,310万円 |
二人以上世帯 | 2,032万円 | 1,300万円 | |
1,000~1,200万円未満 | 単身世帯 | 1,542万円 | 1,201万円 |
二人以上世帯 | 2,386万円 | 1,500万円 | |
1,200万円以上 | 単身世帯 | 5,209万円 | 1,330万円 |
二人以上世帯 | 4,592万円 | 2,745万円 | |
無回答 | 単身世帯 | 20万円 | 20万円 |
二人以上世帯 | 1,306万円 | 425万円 |
出典: 金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査(単身世帯調査)(令和2年)」、 金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査(二人以上世帯調査)(令和2年)」
老後2,000万円問題を乗り切ることができるのは、平均値で見ると年収1,200万円以上ですが、中央値で見ると、どの年収帯でも、2,000万円には達していません。
⑤地域別貯蓄額
では、地域別の貯蓄額はどうなっているでしょうか。こちらは、総務省が発表した「家計調査 貯蓄・負債編 2020年」の二人世帯の数値で比較してみました。
1.貯蓄トップ3
東京都 2,542万円
愛知県 2,333万円
千葉県 2,207万円
2.負債が少ないトップ3
沖縄県 236万円
長崎県 304万円
福井県 358万円
3.純貯蓄額トップ3
東京都 1,752万円
千葉県 1,631万円
神奈川県 1,616万円
やはり大都市ほど貯蓄率は高いようです。これは、大都市の世帯年収が高いのが原因だと推測されます。
⑥年齢別貯蓄額
次は、年齢別の貯蓄額を見て行きましょう。こちらも引き続き、「家計調査」の数値から、世帯主の年齢階級別貯蓄・負債現在高(二人以上の世帯)です。
40歳代未満 | 40~49歳 | 50~59歳 | 60~69歳 | 70歳以上 | |
貯蓄残高 | 708万円 | 1,081万円 | 1,703万円 | 2,384万円 | 2,259万円 |
負債残高 | 1,244万円 | 1,231万円 | 699万円 | 242万円 | 86万円 |
純貯蓄残高 | -536万円 | -150万円 | 854万円 | 2,142万円 | 2,173万円 |
40歳代未満、40歳代は、住宅ローンを借りている方が多いため、純貯蓄額はマイナスとなっています。50歳代になると、住宅ローンの返済が進み、純貯蓄残高がプラスに転じています。
貯蓄額から考えられる傾向
①有価証券投資が少ない
投資内訳では、欧米に比べると有価証券の割合が少ないのが特徴です。 日本人の貯蓄額は高齢者に偏っていますが、現在の高齢者が働き盛りの頃は、預金金利も高く、また、所得の伸びもあったこと、更に、産業構造として間接金融が中心であったことが原因であると考えられます。
公的年金制度が整備されて、十分となったのも1980年代からですので、それまでは、銀行などの預金で老後に備えるといった意識があったのでしょう。また、日本の大企業は退職金制度などが手厚かったこともあり、若い頃から投資で資産形成をするという意識は低かったのかもしれません。
日本においても1990年前後のバブル期、2005年後半から2007年に日経平均株価が12,000円から18,000円に上昇した時期には、個人の株式保有割合が上昇しましたが、「株価が上がる」「損をしない」という短期的な視点から株式投資を捉えている投資家が多いということでしょう。
米国は公的年金制度が日本ほどは充実していないので、自らが老後の生活資金を形成しなければならず、株式などで運用するシステムが国民の間で浸透しています。現在の日本は所得は伸びず、金利も低く、退職金なども含めた企業の老後への支援も少なくなっています。更に、年金制度への不安も出出来ていますので、今後は、有価証券投資の比率が高くなっていくものと予想されます。
②東京など大都市ほど貯蓄率が高く、地方ほど負債率が低い
東京などの大都市は平均収入が高く、福利厚生が充実してる大企業勤務の方が多かったことから、資産形成がしやすく、貯蓄率は地方に比べて高いものと想定されます。
また、地方は、土地の価格が大都市に比べて安いことから、住宅取得に関する負債の金額少なくて済むという傾向が読み取れます。
③貯蓄の多くは高齢者に偏っている
日本銀行が9月17日に発表した2021年第二四半期の資金循環統計によれば、家計の保有する金融資産残高は2021年6月末時点で1,992兆円となっています。これは国民一人あたりにすると、1,500万円内外となりますが、「年齢別貯蓄額」の表の通り、高齢層に偏った構成になっています。
当然、若年層の金融資産は少なく、その層は将来の老後に対して少しずつ資産を増やしていく必要があります。
1990年前後のバブル期くらいまでは、労働者の賃金は年々増加傾向であり、更に、企業年金や福利厚生も手厚く、更に、銀行の預金金利自体も高かったので、貯蓄だけで資産形成が行いやすい環境にありました。しかし、その後、バブル崩壊後の企業業績を立て直す中で、デフレ経済により賃金は上がりにくくなり、企業は年金や福利厚生制度を廃止したり、大幅に縮小しました。更に、ゼロ金利政策により、銀行の預金金利も、ほぼゼロの状態が長い期間続いています。
このような状況下では、若年層が銀行預金のみで資産形成することは難しい状況にあります。
近年、やっとデフレ傾向は収まったものの、金融緩和政策で、物価はやや上昇傾向となりましたが、給与自体はほとんど上がっていません。若年層が資産形成をするには、銀行預金だけでは難しいこと、更に、老後の資金を年金などの公的援助だけに頼ることができないことから、政府も貯蓄から投資への流れを促すために、各種税制優遇制度を準備し、NISAやiDeCoなどの制度をスタートさせています。
貯蓄に対してどのように対処すべきなのか
金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査(二人以上世帯調査)」(2020年)には「金融資産の目標残高」についての項目もあります。 平均値は、20歳代が945万円、30歳代が2,230万円、40歳代が3,173万円、50歳代が2,963万円、60歳代が2,761万円となっています。また中央値は、20歳代が1,000万円で、30歳代から60歳代はいずれも2,000万円という結果でした。
中央値の数値を見てわかる通り、いずれの世代も老後2,000万円問題を意識した回答になっています。目標残高に向けて、どのように貯蓄をしていくかは、年代別によって異なってきます。若年層、中年層、老年層に分けて、それぞの考え方を解説して行きます。
①若年層の貯蓄
若年層は、銀行預金などよりも、将来を見据えて、投資をスタートさせることをファイナンシャルプランナーなど、多くの専門家が推奨しています。月々の収入から支出を差し引いたうちの、余裕資金から積立投資を始めるのが良いでしょう。
しかし、若年層は住宅取得によるローンを抱えていたり、教育資金などもかかることから、いざという時のため、一定の金額は預金として確保すべきと考えられます。けがや病気による休職、家族のいざという時の医療費などを考えると、可能であれば年収分ぐらいの銀行預金は確保する方が安心です。
生活でかかる最低資金を確保しながら、将来に向けて、投資による貯蓄を始める年代です。
②中年層の貯蓄
40歳~59歳ぐらいの中年層の貯蓄は、自身や家族の年収、家族構成によっても大きく変わって来ますが、この世代になると、教育資金や住宅ローンの返済なども峠を越していることから、これからの収入と支出がたいだい掴めるようになります。
サラリーマンですと、一部の幹部役員を除いては、50歳くらいからは、収入は頭打ちから減少に向かう傾向が高くなりますが、60歳を超えると、退職金を受け取るタイミングで一時的な大きな収入がある場合もあります。
子供が大学生になれば、教育資金もあと数年の辛抱です。20代から30代の初めに借りた住宅ローンも返済が進み、退職までにどれくらいの資金が手元に残るかを計算すれば、自分の貯蓄がどれくらい足りないかも、はっきりしてきます。
一般的には、この世代は攻めと守りの両立が必要になってきます。老後に備えて一定の蓄えを作るのが必要でありますが、収入も徐々に減っていく世代なので積極的にリスクを取って投資をするのは避ける方が良いでしょう。一方、退職金や生命保険などの満期金など、まとまった資金も入る場合は、どのような配分で預金と投資に割り振るかを考える必要があります。
③老年層の貯蓄
60歳~69歳になると、平均純貯蓄残高は2,142万円と2,000万円を超えてきます。しかし、既に退職していたり、退職間近な時期ですので、収入に関しては、年金が中心となる方が増えてきます。
この世代は国民年金、厚生年金ともに65歳から受給できますが、それだけでは生活費として不足する方も多くいらっしゃると思いますので、貯蓄を切り崩して生活する方も少なくないでしょう。
70歳以上の平均純貯蓄残高は2,173万円となっていて、60歳~69歳とほどんど変化はありません。この年代は、投資をして大きく増やすというよりも、安定を重視して一定の配当と金利を享受し、年金では足りない部分を、ある程度の計画を持って貯蓄を切り崩していくことになります。
ファンドマネージャーからのアドバイス
今の高齢者世代は、若い頃は貯蓄がしやすい環境にあったため、十分な貯蓄額を確保することができ、更に、公的年金制度も維持されているので、お金には困らない世代と言えるでしょう。
若年世代も銀行預金などで貯蓄を進めているようですが、高齢者世代と同じ銀行預金を中心とした運用方法では、老後の資金を確保するのは難しいでしょう。また、公的的年金制度が、将来にわたって今のように手厚いかどうかの保証もありません。
そうなってくると、投資を中心として資産運用により金融資産を増やすことは、非常に重要になってきます。しかし、それぞれの年齢に応じて、投資と貯蓄のバランスを考えていくことも、大切です。
けがや病気、突発的な学費や親の介護費用など、思いもかけない資金が必要になることもあるので、一定の資金は、手元に確保しておく必要があります。
投資によって何億円も稼ぐ必要はありません、あくまでも給与収入では賄えない、将来(老後)の不足資金を確保する金額を目標とすべきでしょう。自分の年齢、収入、資産などをよく考えて計画的な貯蓄を始めることをお勧めします。
まとめ
年代別・年収別の貯蓄残高や負債残高、更に、年代別の目標残高に関して紹介しました。老後資金が2,000万円必要かどうかは別として、今の年金制度が維持される保証はありませんので、自分で備える必要はあります。
若い時から資産運用を始める必要はありますが、年齢や収入よっては、考え方やお金の使い方は違ってきますので、自分の年齢・収入に合わせた貯蓄方法で無理の無い資産運用を進めるようにしましょう。